ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅  06/03/21

キッチンとホールに一人ずつ新人が入りました。
調理師学校出身者と、もう一人は噂の相可高校食物調理科調理クラブです。ウチにも何人か先輩はいますが、
ここは凄いですよ。なんと言ってもあの村林先生が鍛え上げた精鋭部隊ですから。
二人の更なる成長が楽しみです。


■三軒茶屋のおすし屋さん

料理人になるなんて想像もしていなかった大学時代、私は渋谷近くの三軒茶屋という街に住んでおりました。
当時から食い物に目がなかったものですから、麻雀やパチンコで勝利を収めた時は必ずここのカウンターに腰掛けていました。(生意気でした)
特に競馬で当てた時なんかはいきなりトロから注文して親父さんに咎められたものです。
注文は、最初に鰯とか、こはだからおいで。特に6月のこはだの新子は見逃すな。
次に脂の乗った鯖も良いし、赤貝(ヒモが美味い)煮ハマグリ、白身、たまご、まぐろ。
贅沢したいんならここでとろ、うに(夏)、いくら(11月)が良いんじゃないかい。
終わりに近づいたら穴子をタレでね。・・・そうなんです。穴子をタレで・・・。

ここの穴子は絶品で、これだけで遠方からも客を呼び寄せる力がありました。
注文すると、親父さんは竹の皮から穴子をはがし、切って「はいよ、お母さん。あぶってね」と手渡します。
控え目なお母さんは奥の七輪で、その穴子をふうわりとあぶり「はいよ、お父さん」と手渡します。
このやり取りの光景が好きなのと、このやり取りの中で旨みが倍増される気がして穴子ばかり頼んでしまったんです。
そんな時、親父さんは二十歳の私に優しくやんわりと諭しました。
「今頃ね、ウチの穴子を楽しみにして地下鉄乗り継いでるお客さんもいるかも知れないよ。その人たちのためにもね毅、お前は残してあげてくんなきゃ」・・・教わりました。
人は人の事を思いやらなければいけない。親父さん、あの時はありがとうございました。感謝しています。

月日が流れ、マダムを連れて駒沢のレストランの帰り道、タクシーは246号を渋谷目指して走っていました。
上馬を過ぎてちょうど三軒茶屋に入ろうとしたところ。衝動にかられました。
「運転手さん、左に曲がってください」訝るマダム。そうだよな・・・あるわけないよな・・・あれから一体何年過ぎていると思っているのか・・・当時推定65歳だとしてもゆうに80は超えている。そんなことは解っていたのです。
ただ、今はなくなっているとしても、あの場所に立ちたかったんです。
そしてタクシーがそこに止まりました。おそるおそる窓から覗くと・・・なんと昔のままの姿で店は存在しているではありませんか。
意を決して中に入ることにしました。おなかは満たされていたので一個二個だけでもつまもうと。
暖簾もそのまま、ガラガラッと開く引き戸の音もそのままなら、5〜6人座れば一杯のあのカウンターも同じ。
ただ変わったことと言えば、店内のムード。空気と言うんでしょうか。ここだけが時間が止まってしまったような重い空気。そしてお年を召された親父さん夫婦。「いらっしゃい」の声も弱々しい。
私のことは忘れたようだ。ま、顔もふっくらしたし、おまけに髭面だ。気づかないのも無理はない。それよりこっちが驚いたのはネタケースの中身。まぐろ、黒い。イカ、白くねばっている。ウニはかにみそのよう。肝心の穴子に目をやると明らかにやばそう。一瞬ひるんで、気が動転してしまったことが後悔です。
気を回しすぎて「親父さん久しぶり」と言いそびれてしまったんです。
あの時、ネタが新鮮で店内が輝いていたら、抱きついて再会を喜び合ったはずなのに・・・
あなたならこの場面をどうしますか?
目の前には例のネタの山。頼むに頼めずビールを飲みながら、もたもたしている内に見破られてしまいました。
親父さんが言うには声は年を取らないそうです。見たことある奴だなぁとさぐりを入れて話している内に思い出してくれたようです。さあ、それからが大変。「食ってけよ」「いや実はお腹一杯なんです」
「じゃぁせめてお前の大好きな穴子だけでも」「解りました。いただきます」(困った・・・)
「お母さん、あぶってね」親父さんは積んである穴子を下の方から取り出しています。古い物が上にあるので、気を使って新しい方を出してくれたんですね。(それでも明らかに・・・)
それより、お母さんがおかしい。返事もしない。目力が弱い。私のことは思い出せないばかりか、眼中にない。
いつの間にか出てきた穴子を前にして私たちは覚悟を決めてゴクリと丸飲み。
その時の味ですか?舌通り越してそのまま喉へいっちゃったもんですから解りません。
それより私の大切な穴子の記憶は、もっともっと昔のあの頃のものですから。
「達者でな」と見送られてかれこれ15年。忙しいというのは罪なものです。やはりもう一度お会いしたかったです。
親父さん。寿司というものを私に教えていただきありがとうございました。



 

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