ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

ホームへ
ニュース&トピックス
ボンヴィヴァン トップ

プロフィール 河瀬毅 


生みの苦しみ(07.03.25)

物を書き始めるには、キーワードが欲しい。
些細な事でもいい、何か取っ掛かりさえ見つかれば一日で物語の90%は、頭に浮かんだ言葉を文章としてなぞる事が出来るのに・・・。後は、それを百回読み返しながら手直しを加えていくだけ。
確かに苦手な作業ではあります。でも、もういいや、この文章はこれで決まりと妥協しないで、もう一度最初から読み返すと、ふと気の利いた文面が脳裏によぎったりするから不思議です。

ロンドンのバーモンジーやパリは、モントルイユの蚤の市などでの物探しが良い例です。

沢山歩いた。歩き疲れて足が痛い。もう帰ろうか・・・。いや、もう少し。せめてあの角を曲がった辺りまで。
マダムと励ましあって、もうワンブロック歩く。
・・・そんな時にビブロな連中が止めている(彼らは中々センターストリートでは出品出来ないようです。)
車の、山の無いタイヤの側に転がっていた缶々が、我がレストランのショーケースに鎮座したりしています。
ビブロとは、骨董品の事。俗語では、山師、社会的に信用のおけない連中の事を指すようです。
そういえば彼らのごく一部の人たちは、家財道具一式とガラクタのような骨董品を山ほど積んで、蚤の市を転々と移動しています。
そんな連中から値切って値切って購入した品々が、レストランの小道具として店内を賑わせています。

その中でお気に入りを一つ挙げろと言われたら、やはり僕はデミタスに添えるシルバーのスプーンが一番かな?
本当に小さくて可愛い奴です。それぞれホールマーク(刻印)が打ってあり、ちょっとした値打ちものなんですよ。
以前は、お客様がエスプレッソを注文されたら、僕はカップボードまでしゃしゃり出て、チラッとお客様を見る。
エレガントな女性ならヘレンドのロスチャイルドバードの器に可憐なスプーンを乗せる。
堂々とした紳士にはジノリのコンテッサグリーンにジョージアン様式のスプーンを添えたりして。
このひそやかな楽しみは、お客様には分からない僕だけのもの。
もっとも今やこの役目はギャルソンに取って代わりましたけどね

デミカップやティーカップを買うときも面白いですよ。
きっと皆様は業務割引で買うのではと想像される筈です。しかし答えはノンです。
確かにウチのカップボードには、ロイヤルコペンハーゲン、アヴィランド、コールポートetcなんでもござれ。
そうは言っても総数は、せいぜい60個止まり。二つとして同じものが無いのです。
ですから僕は、皆様と同じようにデパートに行って特選サロンに直行します。
そして豪華なカップの前でくだらない妄想を始めるのです。
きょうのお客様は、恰幅のよい年配の男性だ。黒いカシミヤのコートを羽織っていた。ぐるりと店内を見渡し、帽子掛けに慣れた手つきでボルサリーノを引っ掛けた。
こういう人はメニューからホロホロ鳥やうさぎなどヤワな料理は選ばないだろう。
ジビエでも四足。それもガツンとワインを煮つめた力強いソースで。
デザートはチョコレートタルトかな?そして食後のコーヒーは、間違いなくエスプレッソ。
きっとこの人はペルーシュの角砂糖を2〜3個入れるに違いない。
この苦みばしった抽出液には、甘味を補ったほうが断然美味しいことを知っている。となると、小ぶりなベルナルドだと溢れてしまう。フィステンバーグなら女性っぽいか・・・。
ウエッジウッドはお利口さん。ジノリでもガーデンローズは少女のようだ。う・・・ん。よし・・・・
ジノリのインペロネーロ(ブラック)で決まり。済みませーん!これ一客下さい。店員さんが笑っている。
お客様は、一時間考えられましたね(笑)
全てのカップは、こんな感じで年月をかけ食器棚に納まっていく。

1990年から揃えだしたから、最初に買ったカップはかれこれ17年も現役です。
今までに悲しく割れたカップは全部で3個。この数に驚かれますか?驚かれますよね!
でも、精神を集中して大事に大事にいたわるように、指先に洗剤を付けてキュッキュッと洗えば、カップは割れません。僕は一生このカップたちと付き合っていくつもりです。

物や道具は気の使い方一つでいつまでも長持ちするものです。厨房のステンレスだって柔らかいタオルで拭いてやれば顔だって写る。スポンジでゴシゴシ磨けばヘアラインが入り、もう反射しなくなるのと同じで、これが良かれと考え足らずにした行いで取り返しの付かないことになることがザラにあるのです。
僕はどんな些細なことでも流さずに、その場その場で指導して理論的に教えるように心がけています。
怒るのではなく注意するのでもない。ただ僕は導きたいだけ。叱られた顔をする子がいる。
もう二度としませんと反省顔になる。でもそれは違うよ。僕はそんな顔なんて見たくない。
僕は、教えてくれてありがとうございますと前向きな溌剌とした顔が好き。
そうやって君達は一歩づつ着実にレストランの階段を上がれば良いんだから。

おろしたての純白のタオルで洗いあがったフライパンの底を拭く料理人が居たとする。もう一方の料理人は洗濯済みだけど、汚れがもう落ちないタオルを使った。どちらが人の心をうつ料理を作り、細やかな神経で繊細な盛り付けをするのかは一目瞭然です。
ボンヴィヴァンではタオルや、テフロンのフライパンにもランク付けがあります。超Aのフライパンはオムライス用。
Dランクのタオルは、ガスレンジの掃除用。使用頻度でそれぞれが降格していき超Aが補充されるという仕組み。
そんないちいち細かい事をと思わないでくださいね。
10人が10人自由に使い出すとあっという間に物は傷んでしまうのです。

火傷はコックの勲章ですか?白衣が汚れていたら忙しい店ですか?
僕達は、魚をおろしたりトマトホールを裏漉す時に、魚屋さんのような胸当て付きの大きなビニールのエプロンを掛けます。魚の頭を割ったりするときに汚れを防ぐためです。綺麗な白衣を着て舌平目の皮をつまんで男らしく一気にシャーッと剥がせば確かに気持ちが良いかも知れません。
でも僕は、どの仕事が済んでも身なりは綺麗でいたい。白衣や足場も汚さず、すぐさま別の仕事に移りたい。
ダーッと迫力ある走りのハードルランナー。ハードルをものともせずなぎ倒しゴールへと駆け込む。
大歓声。
でも僕はスッスッハッハスッスハッハ。規則正しく呼吸を整えて長距離を制するランナーでありたい。
23年間このようにして走り続けてきたんです。
ゴールはまだかな?これから何年走るのでしょうか?ハードルを蹴飛ばすなんてとんでもない。
シューズだって大事に大事に使ってあげたい。だって僕はオーナーシェフなんだから・・・。



 

サイトマップ
当サイトについて
Copyright (c) 2005 Bon Vivant Inc. All rights reserved.