ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


伊勢志摩(07.08.09)

神々のおわします街、伊勢。
伊勢神宮内宮には天照大神(アマテラスオオミカミ)が祀られ、その食事を司る豊受大神(トヨウケオオミカミ)は
外宮に鎮座している。幸いにも私のレストランは、その料理の神様の眼の前にあることもあり、
おかげさまで全国各地からお客様が訪れる。

ここは伊勢志摩。
お客様をおもてなしするには、何はともかく魚にこだわりたい。それも天然物で1本釣りの物。
もちろん鳥羽、志摩であがった魚です。
しらこ春は、桜が咲く頃の真鯛、あいなめ、サワラ、太刀魚。6月の穴子は最高。
天然カンパチが卵を持つのもこのあたりかな?白子は輪切りにして粉を付けてムニエルにしましょうか。
ゆっくりゆっくり火を通していくとシュワシュワとバターの泡が弾ける。
まだバターを焦がしてはいけません。ここはじっと我慢。
中心に火が入ってきたら炎を強くしてケッパー、パセリのみじん切りを一振り。塩、胡椒、レモン汁で味を決めて少し焦げたバターソースを絡めて出来上がり。なんだか、いたって簡単。
おいしい?もちろんですとも。どれ位おいしい?・・・そうですね・・・
一口食べて、ため息をつき二口食べては遠くを見つめ、限りない宇宙の無限を想像するような果てしない美味しさです。
タイミングなんですよね、いつもいつもある物じゃない。でもそれがなきゃ、何かがある。
ウチのような店はそれでいいと思うんです。今日はどうしてもこの料理を食べてもらいたいと言う強い気持ちが私の原動力なのですから。
素材探しの旅に出たり、食べ歩きを重ねるのも同じです。この仕事を続けていたいから精力的に動き回る。
私が客の立場で、感動したことがあるとする。帰りの電車であれやこれやと考えます。
サーヴィス、インテリア、素材、ワイン、発想、値段・・・
あわび2私は自分が受けた感動の何倍ものインパクトを私の店のお客様に味わってもらいたい。
欲望のままに食べたいものだけ少し食べる食通ではないし、6月のこはだの新子を楽しみに待つ年寄りでもありません。食べる体力があるから食べる。素材の味を噛み締める。すると、神様が料理のドアを開けてくれるかも
知れない。

さて話しを元に戻しましょう
夏は、スズキ、イサギ、真ごち、ホウボウ、鯵、岩牡蠣。秋は、サバ、カレイetc。冬は、黒鯛、カワハギ。
真ハギの肝の刺身を食べる喜びは、他の何にも代えがたい。自然のサイクル。今年はどうにかありつけた。
来年の冬まで生きながらえて又、どうしても食べたいと願う。
日頃の行いをよくして襟元正し、真ハギの肝をお迎えする。季節が巡り再び食する喜びを感じる。
私はいつもこうした素晴らしい食材に対して畏怖の念を持ち続けています。

鯛感激してばかりではいられません。何故ならば、その興奮をフランス料理に置き換えなくてはいけないのです。
エシャロットをみじん切りにして、オリーブオイルで火を通す。真ハギの肝を入れて上からポートワインを注ぎ、煮つめる。ハギの骨と野菜から取った出しを加えて煮て、肝がネットリしたら、ゆるいブールブランソースを足してミキサーにかける。(ブールブランソースは、ノイリー酒と白ワイン、白ワインヴィネガー、魚の出しを入れた液体の中にポマード状のバターをホイッパーで掻き立てながら少しずつちぎって入れた乳化状のソース。)
それを裏漉すと空気が入った軽いソースの出来上がり。
口当たりは軽くても、ソースはポルトの上品な甘さと肝の旨味に野菜と魚の骨の出しがバターに絡み合い上出来の味です。ソテーしたハギの身にこのソースをたっぷりかけましょう。
はたして、お客様は目を細めて遠くを見つめてくれるでしょうか?

鳥羽の石鏡(いじか)から国崎(くざき)、安乗(あのり)へと続く海流は水温が良く餌も豊富です。
特に車えび、伊勢海老、鮑が素晴らしい。
さかなもちろんサバもフグも一級品ですよ。本当にこの海域は美味しい物の宝庫です。
伊勢海老は5月頃に産卵期を迎えます。
禁漁期に入るギリギリの頃にオレンジ色に輝くウチコが入った雌の伊勢海老を食されたなら幸運としか言いようがないですね。身はふっくらとしてウチコは甘い。最高です。
私はこのウチコを取り出し、殻を煮出して取ったアメリケーヌソースに混ぜ込みます。
パァーッと塗料を投げこんだように鮮やかな色に変化したソースは、食べる人の目を奪います。
伊勢海老は、この地で料理する私にとって避けて通れない大事な大事な宝物なのです。
やいこと呼ばれる脱皮直後の伊勢海老は貴重な幻の食材です。志摩の加藤さんが寝ずの番で脱皮の直後に
取り上げた伊勢海老は、一尾ずつ大事に凍眠と名づけた特殊な冷凍技術で保存されます。
脱皮しそうな伊勢海老を水槽で観察して、古い殻から飛び出た瞬間に取り上げる。
文章にすると、たった一行で説明が終わってしまう儚さ(はかなさ)が残念でなりません。
海の生け簀で畜養されている伊勢海老は200g前後で孵化して3〜4年物が中心。
ムール貝資料によると、そのサイズで年に3回位、脱皮を繰り返すそうです。
一年にたった3回。そして、もちろん一斉に脱皮する訳じゃありません。
そのタイミングを見極める洞察力と待ち構えてじっと観察する忍耐力を貴方はいかがお思いですか?
奇跡の海老は、このようにして生産者の愛情と強い執念によって生まれるのです。
私の役目は、加藤さんと素材に敬意を表して一生懸命料理するだけ。

頭も触覚も足も胴体の殻も全部食べられます。一度揚げてから焼いてあるのでガブリと丸かじり。香ばしい!
脱皮したての柔らかい殻は、外敵から守るためにも一刻も早く固く武装しなければならないのです。
そのために、身は養分を蓄えてパンパンに膨らんでいます。ソテーしてからローストする・・・味に脱帽!

こんな夢の食材を運んでくれる張本人とは2年半前の1月に知り合いました。
脱皮伊勢エビ私の店に現れて、なんでも脱皮したばかりの殻が柔らかい伊勢海老を持ってきたと言う。
えーっ!何それ?見せて見せて!こんな感じのやりとりだったかな?。
僕は、新しい素材を手にするといてもたってもいられない。それが柔らかい伊勢海老だなんて言うもんだからなおさらです。初対面の加藤さんを強引に厨房へ引っ張り込んで、さっそく料理開始。
あーでもないこーでもない。ソースはどうにしよう・・・。みんなで試食大会の始まりです。
実に美味かった・・・。生まれて初めての食感。
今思うと、私の好奇心と食いしん坊の心意気が加藤さんの心に響いたのかも知れません。
加藤さんの身を削るようにして生まれた脱皮伊勢海老ですが、幸運にもこの厨房ではあの日から数えて300尾以上
のやいこ料理が生み出されました。

あわび海の王様、伊勢海老と鮑。鮑を料理で牛耳ることが私の永遠のテーマです。本当に、こちらの王様はままならない。
種類、季節は、もちろんの事同じ志摩でも取れた場所によって料理法を変えなければいけないのですから本当に
やっかい極まりない。
次回に聞いてやってください、僕の鮑奮闘記を。

 

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