■最高のレストランを目指して(06.09.07)
訳もなくフレンチレストランへ行きたいと思うときがあります。ただ単にフランス料理が食べたいんじゃなくてフレンチレストランを丸ごと楽しみたいんです。
ビストロも、それはそれで好きです。パパママ店で一生懸命働く姿を見ながらの食事は美味しさを倍増させてくれます。でもそれは、いつでも行けて毎日でも通えるお店です。
私が無性に恋しくなるレストランは、もっと非日常的で夢見心地にさせてくれるレストランです。
料理は、そうですね・・・私、こう見えて守備範囲が広いので美味しくない物以外ならまず大丈夫です。
綺麗に着飾った料理、骨太でシンプルな料理、意外な組み合わせの料理。それぞれがシェフの主張なら楽しんでいただきます。どっちみち人真似するつもりもないのですから。
予約を入れて出かけることにしましょう。
数少ないスーツから、その季節の物を選び、お気に入りのネクタイと合わす。腕にはアンティークウオッチ。
ようやくクロコダイルのベルトの風合いが出てきたところ。スラックスには同系色のベルトを通します。
革靴は10何年前に奮発して買った物だけど底は張り替えて、いつも磨いているので輝いています。
これに、バーモンジーのアンティークマーケットで値切ったブリーフケースでも持てば、
(セカンドバッグではないですよ)一丁上がり。
派手に人目を引く服や帽子や小道具もなし。私のおしゃれは目立って主張するのではなく、さりげなく自分自身が
楽しめれば良い。
百貨店でこれ下さいとエルメスのバッグを買うんじゃなくて、蚤の市を駆け回って自分の審美眼にかなった物を見つけ出し、黒や茶色の靴クリームで蘇らせる。金具も忘れず磨いて渋い光沢を放っています。
身支度が整ったところで、さあ出発です。
電車に乗り大きな街に着いたら地下鉄に乗り換えて吊り革にぶら下がる。ガタンと電車が揺れる。
私の左袖口から、やれた感じの時計が顔を出す。ベルトは焦げ茶色のクロコダイル。それを見つめる。
私はこの瞬間が好きです。普段の私は、ステンレスブレスのロレックスをしています。
ホントにこいつはタフで、労働者の時計とはよく言ったもの。とりえは頑丈で無骨。
1960年代のナンバーが打ってあるので40年も前の時計ですね。私の分身には違いないのですが、本日は休み也。
仕事を離れて時計を付け替え電車に乗る。他人から見ればどうって事のない日常の風景。
吊り革、揺れる、袖口、ベルト・・・私にはレストランへ行くんだという実感が湧き出る瞬間です。
初めて訪れるレストランのドアを開ける。メートルドテルとマダムの優しい笑顔。素敵な空間じゃないか!
ここに来て良かった。席に着いた。何かお飲み物はいかがですか? 連れは飲まないので、私だけノイリーにレモンをたっぷりと効かせてください。 カランコロンとオンザロックをゆすりながらメニューを眺める。
どれもこれも美味しそう。お得なコース料理は、選択肢があるので楽しめます。
私達はそれを迷わず選びワインを頼んだ。
ボトルでといきたいところだが、なにせ相手が飲めないのでグラスワインで白、赤と注文する。
ソムリエは、前菜が伊勢海老とタラバガニのゼリー寄せサラダ添えなのでシャサーニュモンラッシェは、いかがですか?と聞いた。いいですね。甲殻類に樽香のきいたシャルドネは抜群の相性。
でも白は二杯飲みたいので最初にソーヴィニヨンブラン種で何か下さい。
わかりました。じゃあサンセールは、ゼリーとサラダに合わせて飲んでくださいねとウインクしてみせる。
これでもうソムリエと打ち解けた。レストランを楽しみたい客と威張らない物知りなソムリエ。気持ちが良い。
いつもは中々こうはいかない。私のこの風体と30年間に染み付いたムードとでも言いましょうか・・・
ようするに誰も近寄ってはくれないのが現実です。
知識と余裕を持たないソムリエにとっては私のような客は知ったかぶりと見なされてしまうようです。
連れがお皿を下げに来た女の子に美味しいと伝える。顔が輝いた。お客様はどちらからいらしたのですか?
と尋ねてきた。伊勢ですよ。えっ私、修学旅行で行きました。などと言う。ギャルソンとも打ち解けた。
やはりレストランは楽しい。この店では、とっくに空になってナイフもフォークも横になっている皿を下げるのに、失礼します。お皿をお下げしてよろしかったでしょうか?などといちいち言わない。ベラベラと話しかけても来ない。
付かず離れずが心地よい。
主菜は、雌鹿もも肉のロティ黒胡椒風味グロゼイユソース。
ソムリエが持ってきたグラスワインは、なんとローヌのサンジョセフ。こいつは赤ワインだけど黒葡萄に白葡萄を混ぜることが許可されている。なるほど、黒胡椒にスパイーシーなシラー種が合い、ソースの甘さに白葡萄のルーサンヌ、マルサンヌ種の香りが引き立つ。おまけにグイッとサンジョセフを飲むとスグリの味と香りがした。
鹿肉のソースはグロゼイユ(赤すぐり)。ワインと合わせて素晴らしい一皿となりました。
ソムリエと目が合った。美味しいよの目配せをしたら、口元に人差し指を立てながらワインを少し注いでくれた。
これだからレストランは楽しい。
シャリオ(ワゴン)に載ってデザートがやってきた。お好きなだけどうぞ。と微笑む女の子。連れはあれとこれとそれ
なんてワアワア言っている。
私は、チョコレートのケーキだけで十分。宜しければ色々食べてみてください。いえ本当にこれだけで結構です。
ところで私は、サーティワンでも20年来ナッツトゥユーを食べ続けています。
ナッツトゥユー行進曲を歌いながらお店に入ったのに新商品のお味見をどうぞとプラスチックスプーンを渡されても困る。それと同じ心境かな?だから私は、チョコレートケーキだけで満足なんです。
話は戻って、デザートと一緒にエスプレッソを持ってくるところがあります。ケーキを食べて交互にエスプレッソを飲むなんて私には考えられない。
美味しいデザートをいただいた。皿が下げられる。・・・満腹プラス満足・・・
すると、トンと目の前にデミタスにはいった濃い少量のエスプレッソ。一口すする。熱温かい温度。
もう一口すする。・・・美味い・・・ちっちゃな幸せ。
手に持ったデミタスを皿に置く。その時を見計らい、お茶うけのプティフールが差し出される。
ココナッツのチュイルや、プティシューをかじりエスプレッソをすする。旨熱温かい。
これだからレストランはやめられない。
見渡すと客達のさんざめきが聞こえる。楽しそうだ。誰もがこの場で主役なんだ。
この素材はどうだとかあのレストランには行きましたよだとかペチャクチャ喋るシェフやメートルドテルは、この店にはいない。ああ最高のレストラン。そしてこれは、夢の中の架空のレストラン。
サーヴィスは黒子。失礼します。を連発して会話を妨げてはいけないし長ったらしい料理説明も嫌だ。
お預け喰らってる身にもなってみなよ。そして皿と皿との間隔の長さも辛い。
ウチは違うけど、会話のない夫婦だっているんですよ。冷えた関係の身にもなってみなよ。
お皿を一度に何枚持てるかなんて意味のないこと。出来ることなら一人に一枚がベスト。
大事に大事に両手で運んで欲しい。サーヴィスは心。どれだけ相手のことを思いやれるのかがすべてです。
料理人も同じ。煙草吸って厨房で理不尽にげんこつ振りかざしている奴に美味しい物など作れっこない。
たまたま評論家やグルメが褒めたとしても長続きはしないだろうし、もし私が食べたところで心に響かない。
平気で人を蹴る奴に、心に沁みる料理が作れる訳がない。自分の技術をふりかざして、どうだどうだと自己主張されると萎えてしまいます。身に付いた技術も当たり前、美味しく作れて手際よいのも当然でしょう。
それでも自分が一番だと思い込まず、皿の向こうに居る相手のことだけを想い、料理すると相手の魂に届くんです。
白状しましょう。レストランにいそいそ出かけても快楽的な状況になったことがほとんどないことを。
だから自分のレストランにそれを求めるのです。フランス料理ボンヴィヴァンは9月10日で23周年を迎えました。
24年目からは、夢のレストランを越える楽園のレストランを目指します。
23周年記念 感謝祭 特別メニュー
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