ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


これからの僕(08.01.10)

年末から正月にかけて続いた晴天の日々。特に三が日の素晴らしい快晴ぶりはどうだ。
神宮の森の上、雲ひとつない青空を見上げて僕は思わず唇を噛んでしまいました。
僕のレストランは、伊勢神宮外宮(げくう)の真ん前に立地することもあり、大勢の参拝客でごった返します。
毎年、お馴染みのお顔を拝見したり、今年も来たよと声を掛けてくれるお客様が多いのも嬉しい特徴です。
そして、店の前の道は外宮を目指して歩く沢山の人々。
いつもなら僕たちは、そんな騒々しい往来の脇にテーブルを出して、
「いらっしゃいませ!奥にレストランがありますよ!」などと言いながらラスクを売り、お客様を誘導しているでしょう。
もちろん僕は厨房のピアノ前に陣取って、次から次に押し寄せるオーダーを嬉々として片付けているに違いない。
そしてそれが、毎年恒例のボンヴィヴァンのお正月。

2007年のクリスマス前から、今にかけて僕の足は動かなくなってしまったのです。
一年の内で一番大事なシーズンのレストランを不完全な状態にして、僕自身、痛みと共に闘わなくてはいけなかったことが、悔しくてなりません。
スタッフに沢山の力を借りて助けてもらい、片足一本で踏ん張りながら、いくつもの山々を乗り越えました。
年末から走ってきて、今年初めての休みが今日、1月6日。
僕は今、のんびりと志摩のホテルの温泉につかっています。
露天風呂。的矢湾から入り組んだ伊雑の浦(いぞうのうら)を眺めながら無造作に足を伸ばすと心底気持ちが良い。
忙しい正月のあいだ中、好天が続いたというのに、せっかくの休みの今日は、何故か雨。
憎たらしい雨と憎たらしい僕の足。ま、いいか・・・。本日は骨休めの一日なり。
それにしても、我が故郷。車を30分も走らせれば極上の旅行気分が味わえると言うのだから幸せです。
お昼は、安乗近辺にある料理屋で安乗ふぐを食べました。
ふぐのコラーゲンが関節にいいと小耳に聞いたもんだから生まれて初めて自腹を切ったのです。
恥ずかしながら2回目のふぐ。ワクワクしながらてっさを待つ僕たち二人。
料理写真や、僕たちが過去一度お客様にご馳走してもらった’’てっさ’’なる物は、薄く透明で端っこが反り繰り返り
古伊万里の柄が透けて見えました。そんな二度目の体験を期待して胸が高鳴る。
しかし僕たちは食卓に置かれた白くて薄いゴムのような身をサッサと口に放り込んで楽しみを鍋に切り替えました。
僕たちの舌は、釣り師まん坊から届けられる、旬の黒鯛や、あいなめの身の薄造りを食べ込んでいるのですから、なだめようがないんです。


さて、フグの皮。いつまでも鍋に入れておくとコラーゲンは熱で溶けてなくなってしまう。
なので箸でつまんで、出しにくぐらせてサッとポン酢でいただく。
これは美味い。と言うより早く体内に流れ出て、僕の関節に絡みついておくれって感じかな。
ふぐ鍋、から揚げを平らげて最後に雑炊で締めくくる。液体だけになった鍋は一度下げられて、雑炊として再登場させるのがこの店の流儀らしい。運ばれてきた。これはこれは、お上品な雑炊様。
お茶漬けのようにご飯と出しが離れて、溶き卵はスープの浮き身のようにフワフワと漂っている。
こんなの見たら、我が家の雑炊奉行小僧は我慢出来ずに自分で作りなおすと言うに決まっている。
雑炊は、ご飯と出しと、溶き卵が渾然一体とならなければいけない。然るに決めては出しの分量です。
ご飯を入れて、出しが多ければ少し除けばよい。グツグツグツグツ。さあもうチョイ。緊張の瞬間を迎える。
寸前まで引き付けて溶き卵をサーッと入れまわして火を止める。卵はご飯の熱に当たり、ネットリとからみ付いてくる。
余分な液体もなし。渾然一体。
好みで、三つ葉か針のりをパラリ。漬物は梅干か、しば漬けがあると嬉しい。・・いやいや貴方のお気に入りでどうぞ。

そして、僕たちはホテルの温泉に向かった。どうですか?ちょっとしたものでしょう、伊勢志摩旅行は・・・。
料理屋はね、今回たまたま僕の嗅覚が鈍っていただけ。ちゃんと調べれば大丈夫。僕も僕で安乗ふぐなら、みなみ草か、はまちゃんとこの、はま崎の引き戸を引けば良かっただけなんです。それで全てOK!美味請け合い。
でもね、旅にはちょっとしたスリルも必要なんですよ。

今しがたのそんな出来事を思い出しながら、小雨の露天風呂で一人クスッと笑ってしまう僕は、本日休みなり。
風呂から出て、大広間に寝っ転がる。どうしたことだろう、今日は料理のメニューが一品も浮かんでこない。
搾り出す意欲も湧かないではないか・・・本日、シェフ・カワセタケシは眠りについて候(そうろう)。
そんな訳で、誰も居ない部屋でゴロンと寝そべり、とりとめのない文章を書いています。
いつもなら、きっと昨日の内に車を飛ばし、京都か滋賀まで足を延ばしている。
コールハーンのラムナッパの革コートにマフラーをグルグル巻いて、川に沿った街並みを歩くのが好きなんです。
川面に一羽の鴨が浮かんでいるとする。綺麗な水。夕暮れ時。青い首が、夕日を反射してキラキラと輝いている。
旨そうだな・・・と、呟いてしまうのは料理人の宿命なんだから仕方ないとして。
羽をむしり取り、胸肉をローストしよう。皮はパリパリ、身はミディアムウエルダン。
血が滴るようなレアーは、簡単で好きじゃないのです。ここは優しくソフトにじっくりと火を入れたい。
ローストを終えたら温かい場所で休ませるのも大事な作業です。ガラを焼き、出しを取り、カブのピュレでとろみを
付ける。カイエンヌペッパーで刺激を与え、コリアンダーで香りを加えてソースの完成。
付け合せは、白菜のブレゼと川べりの野生のクレソン。カプチーノ仕立ての西洋ごぼうのカップスープなんかもいいんじゃないかな。
僕は、このようにして料理を考えていく。

夏の終わり、氷見への旅の時もそうだ。何はともかく海鮮市場に飛び込んだ。威勢の良い岩牡蠣売りの声。
名産のシラエビの時期にもギリギリ間に合った。父さん牡蠣食べよ。母さんには、俺が大きいのを選ぶから。
息子たちがはしゃぐ。海老を食べて生牡蠣をツルッと頬張る。美味しい。力強い海からの贈り物。
口の中には最初に食べた海老の香りも残っていて得もいえぬハーモニーを生み出す。
ボンヴィヴァンのメニューには、的矢の佐藤養殖場の生牡蠣料理があります。
牡蠣の殻を開けて身の上に海水と海老で出しをとったコンソメゼリーをプルルンと乗せてお出しする。
お客様は知る由も無いが、この料理は氷見旅行の大切な思い出なのです。

高山では、とあるレストランに訪れました。せっかく来たんだからと僕は頑張って飛騨牛のステーキを奮発した。
値段も値段だしどんな肉を焼いてくれるのか興味津々。すると、目の前に巨大な肉の塊が現れました。
今からこの肉を切って焼かせていただきます。子供たちのビックリした顔を思い出すだけでも楽しい。
うっわー凄い!目を丸くしている。そうか・・・凄いんだ。僕には綺麗にサシの入った肉は慣れっこでも、みんなは心躍るものなんだ・・・。
それ以来、僕も必ずお客様に松阪肉を見てもらってから焼くようにしています。これも又、旅の土産なり。

こんな風に僕の料理には、僕が歩いてきた道のりが反映されています。旅を続けるという事は、又一つ発見があるという事。久しぶりにミシュランの星が降る東京の街にも行ってみようと思う。
一日も早く足を治して、神楽坂の大好きな石畳を歩きたい。



 

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