ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


六本木とレストラン(08.2.27)

六本木の交差点から、飯倉片町方面に進み左に折れて数メートル歩くと、そのビルはありました。
1階は、コインで遊ぶカジノの賑わいの中、美人ディーラーがカウンターに揃っていて、まるでラスベガスのような臨場感に覆われていました。
若かった僕は、もちろん美女には惹かれましたが、残念ながらルーレットに興味が持てなくて、もっぱらブラックジャックに興じていました。
遊び疲れてお腹がすくと地下一階の玉椿というクラブ(当時はディスコと呼ばれていた。)に入り、バイキング料理を手当たりしだい食べる。今思うと、お洒落さん達が集まるこのディスコに似合わず、何故か中華料理だけが抜群に
美味かったことを覚えています。
春巻きを片手に飲み放題の超シングルの極薄水割りバーボンを煽る僕たちは、踊るとは無しに踊り、見るとは無しに
好みの女の子を眺めていました。
3階には、ギゼと言うスタイリッシュで圧倒的パワーを誇るスーパーディスコ。
おそらく後に続くブームの中での先駆けのような存在だったんじゃないでしょうか。
当時の様子を思い出そうとしても、遠い記憶のなかでぼんやりとした光景しか出て来ないのが残念です。
長いカウンターや公園にでもありそうな曲線のベンチのお立ち台に、ツタンカーメンの顔が置かれていたような
気がします。
お立ち台に立ち、踊る黒人ダンサーは胸元や下半身の衣装辺りに、折りたたんだ500円札や1000円札のチップ
を無造作に挟んだまま、音楽に合わせて激しく腰をくねらせていました。
フロアーは活気に溢れて身動き取れない。人、人、人。そして僕もその中にいた。1980年六本木。
そういえば1973年頃は雰囲気が少し違っていましたね。僕が10代の頃の新宿。
当時の若者達は、コモドアーズやヒューズコーポレーションの音楽に合わせ面白いように同じステップを踏んでいた。
踊り疲れてビール片手にボーッと連中を観察していると、コミカルな動きに笑いが込み上がって来て馬鹿らしくなり、
踊るのをやめました。

話を戻しましょう。スクエアービルのギゼ。
ビルの最上階の会員制クラブにはツテがあり内緒で入れてもらったことがあります。しかしここは別世界。
こんな異次元に入り浸っていたらそれこそ料理人として使い物にならないほど快楽的廃人になってしまう。
誰もが簡単には立ち入ることの出来ない秘密の場所で、酒、煙草、女、金、そしてそれ以外の最も危険な物が
うごめいていた。そんな男どもの街、六本木不夜城。
僕は僅か一年ですがこの街にあるフランス料理店で働きました。

地下鉄六本木駅を降りるとアマンドがあり、その脇を抜けて芋洗い坂を下る。そのまま真っ直ぐ進むと麻布十番。
レストランは、もう少し手前にあり当時では交通量の少ないスエーデンセンターの近くにありました。
終電に、とうてい間に合わない僕はもっぱら通勤に愛車のルノーを駆った。
参宮橋のアパートから代々木公園の真ん中の道をつっきり、表参道を下る。青山246号を横切りフロムファーストを越えて左折すれば青山墓地。その向こうは乃木坂。
この辺の抜け道は得意中の得意の僕はいつも根津美術館の脇道を下りて、車のアクセサリーで有名な''ピットイン青山'''の横に出た。
六本木通りと交差する西麻布の交差点を過ぎ、左の坂道をあがり麻布十番方面に進むのが、いつもの道順。
あの頃のあの辺りはそれほど渋滞もなく、車も夜中まで平気で止めていられたはずなのに今は、人で溢れている。
何故だろう。・・・その辺りを歩いて疑問は簡単に解けました。街並が見事に変わっていたからなんですね。
かつてのスエーデンセンターから西麻布に向かっては、六本木ヒルズなる物がそびえ立っていました。
テレビ朝日も、移転したのか・・・。
なるほど景色が全く変わってしまっている。しかもトンネルが開通したもんだから交通量が断然多い。
新しい道も出来て、これでは車を駐車するなんて土台無理な話。

街は、大きな箱物で変わる。人の流れもそうだ。
防衛庁跡は東京ミッドタウンになり、こちらも若い人たちで溢れていると聞きました。
ブランドの名前が入った紙袋を提げ、カリスマパテシエのケーキに群がる女の子達の六本木に、かつての面影は
ありません。僕にしても同じ。
久しぶりに六本木にやって来たのは、何も紫煙の中、昔のように一晩中飲み明かすためではありません。
この街にある最高級のレストランで優美なひと時を過ごすために、はるばるやって来たのですから。
さて、前置きが長くなりましたね。そろそろレストランの話をしましょう。

12年間恋焦がれたレストランに行くことになりました。それも複雑な心境のままで。
場所は、若い頃に通勤で毎日通った、霞町の交差点を六本木に向かって上がったところ。
地図で見当をつけて、ここら辺は何にも無かったよな・・・なんて言いながら歩いていたら、いきなりシャトーのような建物が出現しました。呆然。意を決してドアを開け予約名を告げると笑顔で迎えられ、待合室のソファーに腰掛ける。
執事のような衣装のメートルドテルがやってきて、お席の用意が整いましたと僕たちを誘導した。
そして、客室に向かう両開きのドアをバーンと開けた。ゴクリと息を呑む。これがジョージアンクラブ・・・。
しばし唖然とする僕たち。
目の前には、シャンデリア。見下ろすと豪華にテーブルセッティングされた食卓が等間隔で整然と並んでいる。
階段を降りて暖炉の前の席に腰掛けた。もう一度辺りを見渡す。そして、隅々まで目を凝らして観察する。
壁の縁取り。暖炉の細工。家具の装飾。絵画の額縁。手すりのアイアンの模様。忘れないようにしっかりと瞼に刻む。
キョロキョロしすぎ?・・・だって、もうここには、来ようと思っても来れないんだから・・・。

途方も無いお金持ちで審美眼を具えたオーナーの出現により、大都会に生まれた宝石箱は、わずか12年の歳月をもって蓋を閉じようとしています。
僕にはまだこの夢のような空間はふさわしくないと思っていました。
自分のレストランをもっと成長させ、経験を積み、男を磨いて、せめて7年後の還暦の祝いには訪れたい。
その時が来たなら、僕は、憬れのヴィンテージカーであるジャガーMK1を手に入れて乗りつけようと心に
決めていたのです。ところが、突然の閉店の知らせで、お訪れる時期が大幅に早まってしまいました。
しかし、今振り返ると理由はどうであれ、消滅してしまうジョージアンクラブを体験出来て本当に良かったと思います。
僕が求めるサーヴィスの真髄を要所要所で垣間見させていただきました。
笑顔の応対や、流れるような立ち居振る舞いではありません。
もっと些細なホンのチョットしたことなんです。
例えば、立派なレストランでもグラスワインを注文すると、最後の一杯の残りかすのようなワインを注がれることがあります。
しかも目の前で、真空にするためのゴムのキャップをプシューッと抜いて・・・。
僕は、そういうサーヴィスをされるとダメなんです。どんなに綺麗に着飾ってお化粧した美女でも、肩口からだらしなく
下着が覗いた日にゃ・・・気分は、もうダメなんです。萎えると言いますか・・・心がですよ(笑)
レストランでも同じ事。この最初の関門で先制パンチを食らってしまうかどうかで随分これから始まろうとしている
食事感が左右されます。

話は変わりますが、貴方はコース料理の後のエスプレッソはお好きですか?
もちろんコーヒーでも紅茶でもハーブティでもかまいません。要するに僕は、食事のフィナーレを飾る飲み物は、
まん前にあって欲しい。体の中心にカップを置いて飲みたいんです。美味しい料理と快適なサーヴィスを受けた
素晴らしいレストランの余韻は、目の前に置かれた一客のカップと共にしみじみと浸りたい。
だから間違ってもティタイムのようにケーキと一緒に出さないで下さい・・・。(僕の心の中の叫びです。)
これもよくある事なんですが、メインディッシュが下げられる。卓上が掃除されて早くもシュガーとミルクがセットされる。
続いてプティフールが運ばれる。ここで、デザートが登場する。皿の横にエスプレッソが添えられる。
ごゆっくりどうぞ!チャンチャン。・・・・って、一丁上がりじゃあるまいし。
物事には動かせない物の流れがあると思います。
日頃は5分で食事する生活を余儀なくされている僕たちですが、たまにはレストランでゆったりとした時間を楽しみたい。
僕たちは、幼稚園の迎えの時間を気にするママさんの食事じゃないんです。
サーヴィスは、流れるがごとし。決まりきった型はありません。相手の出かた、物腰、会話の中で、一番ふさわしい
方法を見つける嗅覚が大事ではないでしょうか?

僕たちが25年もかけて一つ一つ作り上げてきたサーヴィスの方法論は、間違っていなかったと改めて思います。
思いもかけず、客となって体感できたレストラン・ジョージアンクラブは、僕たちにとって涙が出るほど最高のレストランでした。

*注 コーヒーの提供の仕方は、各店によって様々だと思います。僕は、僕の考えを持って、自分の店で実践しているだけであって何も違う方法を否定している訳ではありませんし不機嫌な気持ちにもなりません。もとより、どちらの方法が正しいという物ではないと思うからです。料理の皿が右から出ようが左から出ようが一切関係ないのと同じように、目くじらを立てるつもりもないです。
ただ、自分の考えと同じようにして他店からサーヴィスを受けると、やはり快適な気分で過ごせましたというお話しです。



 

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