ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


ミシュラン(07.11.27)

ギラギラと容赦なく照りつける太陽。雑草交じりのデコボコのグランドで子供の頃、僕は草野球に興じていた。
テレビでは、マウンドに立つ高校生のピッチャーが連日クローズアップされている。
甲子園は、夢のまた夢の舞台。ユニフォームも無いソフトボールチームで僕は滴り落ちる汗をぬぐおうともせずに、
甲子園を妄想しながらエースの気分でキャッチャーミットめがけて投げていたと言うのだから今思うと滑稽な話です。

月日は流れ、草野球小僧は何故か料理人という職業に落ち着きました。
フランス料理に目覚めフランスの食文化に強い憧れを抱き、辻静雄氏の著書であるパリの料亭(レストラン)やパリの居酒屋(ビストロ)などの本を表紙が擦り切れる程、読み込みました。
その本に登場するパリのビストロ、ラミルイの名物爺さん。辻静雄氏が、強烈な塊のフォワグラテリーヌを平らげ,肉料理を撃破して満腹満足の昼の大宴会。帰りに厨房を覗くと、爺様シェフはすでに昼寝を始めていたんだとか。
どのレストランの紹介の話も面白く、まるで僕は登場する店に訪れて食事をした気分になっていました。
なるほど・・・フランスでは、ミシュランなる赤い本が星の数でレストランを格付けしているそうだ。その信頼度は
美食家達の折り紙つきで、シェフやパトロン連中は星を獲得するために多大な努力と経費を投入するらしい。
人の話や本の情報だけでは、いてもたってもいられず、妻と初めて旅立ったのがかれこれ25年前の話です。

ポールボキューズ、トロワグロ。これが世界の冠たる三ツ星レストランか・・・・。
僕たちを乗せたプジョーのタクシーは、ソーヌ川沿いをひた走る。黒人の少年ドアマンが駆け寄りチャーミングな笑顔と共に車のドアを開けてくれた。威風堂々としたレストランに綺麗な厨房。これがポールボキューズか・・・。
残念ながら、妻はこのとき体調を少し崩していたので、スープドペイザンヌ(田舎風野菜のスープ)とパンだけ。
僕はと言えば、何十回も辻静雄氏の本を読んでいるので、食べたいものばかり。
ここへ来たらトリュフのスープは、絶対にはずせない。
エスカルゴ、ブレスの鶏、かわかますのクネル。そしてすずきのパイ包み。シャロレー牛もかぶりついてみたい。
悩んで悩んでようやく僕たちのディナーは始まりました。さて、それからが大変。僕は食欲の出ない妻をいたわって
胃に優しいスープを選んだはずなのに、ギャルソンたちは入れ替わり立ち代りテーブルにやって来てニコニコ
笑いながら、あんたは王様かい?こんなに可愛いマドモワゼル(お世辞!)に野菜だけ食わせて、あんたはトリュフ
のスープを飲んでるのかい?とか、おまけにメートルドテル(給士長)まで僕と妻のスープを交換しようと、おどけてみせる。 シー イズ スィック。(具合が悪いんだ。)僕は真顔でそう言った。
そんなこたぁ分ってるよ!とウインクする彼等。
なるほど・・・きっと若い僕たちは緊張していたのでしょうね。あの手この手で僕たちをリラックスさせてくれた、あの時のサーヴィスは忘れません。
ほどなくして大男が現れました。包み込むような笑顔。一方的ですが貴方のことは、よおく知っていますよ、ムッシュボキューズ。辻静雄氏の友人でレストラン・ピラミッドのマダム・ポワンの所に出入りしているんですよね。
滞在中の辻静雄氏の運転手も務めているとか・・・そう本に書いてありました。
サヴァ(元気かい)?と、気安く声を掛けてくれた三ツ星スーパーシェフは、眩しいくらい格好良かった。

翌日はリヨンから国鉄に乗りロアンヌまで。目指すは、もちろんトロワグロ兄弟のホテルレストラン。
この店で食べる料理は、実はもう心に決めてあったのです。野菜のテリーヌとサーモンのオゼイユソース。
細く切った舌平目を色鮮やかなヌイユで交互に編みこんだ料理も素敵だ。
ありがたい。ここでも辻静雄氏の本のおかげでスラスラと注文することができました。
ワインの注文を済ませたらメートルドテルがにこやかな笑顔で、料理人ですか?と声を掛けてくれて厨房に案内してくれました。居た居た。トロワグロ兄弟。噂どおりのコワモテのお兄さんと人懐っこい弟。
広くて綺麗な厨房で僕たちを迎えてくれました。。これが三ツ星レストランの厨房か・・・。
料理を食べ終わるとワゴンサーヴィスのデザートでは、ギャルソンがフランボワーズのクーリーでサラサラッといとも簡単に絵を描いてみせてくれました。楽しい。心から楽しい食事。これが三ツ星レストラン。
あまりにも刺激的で快楽的。
自分で店を始めてからも勉強のために、ほとんど毎年出かけました。ジャマン、タイユバン、ランブロワジー、
ギィサヴォワ、プレキャトランにジャックカーニャ。フランスの二ツ星、三ツ星レストランの実力は本当に凄いんです。
料理の味については好みの問題もあるのであえて触れませんが、出迎えから見送りまで完璧なサーヴィス。
しかも慇懃無礼じゃなくウイットに富んで機転が利いてます。外観も内装も調度品も本当に素晴らしい。
挨拶にテーブルを回るシェフは称賛の拍手を受けていて、まるでヒーローです。

・・・またか・・・。でも僕はもう子供の頃のように、手の届かない人になりすまして妄想したりなんかしたくない。
キラ星のように輝くスターシェフ。いつかは僕もあんなふうになりたい・・・。遠い遠い目標。
日本では、ミシュランならぬグルマンと言うガイドブックが山本益博氏と見田盛夫氏の共著で発刊されました。
星印でレストランの格付けをするのは、ミシュランと同じですがグルマンの特色は、良いところも悪いところも
事細かく記述した点でしょうか。指摘を受けた店側としては、公に発売された本の中のことですから、さぞ悔しかったことでしょう。言い訳が出来ないんですから・・・。
しかし、たとえ日本のガイドブックと言えども地方でレストランを営む僕は、外野どころか観客席の立ち見でしか
ありません。
でも、この野次馬はワーワーとヤジを飛ばしているだけでは無かったのですよ。
1984年から1992年頃まで発刊されたこのガイドブックが僕の愛読書となったのです。
二つ星、三ツ星の店には新幹線に飛び乗ってどこにでも行きました。
電話の応対で、その店の良し悪しが分かると書いてあろうものなら、東京中の一流レストランに予約の問い合わせをして、受け答えの作法をちゃっかりと習得させてもらったんですから。
素敵なマダムだと記載されていたとします。
次の休みには、早起きをして遠路はるばる、その素敵らしいマダムのサーヴィスを受ける僕たち。
レストランの卓上には、料理を照らすライトが必要らしい・・・。ホンマかいな?試しにやってみようよ。
マダムが朝の賄いの食卓で、僕の味噌汁に懐中電灯の明かりを当てました。すると、どうでしょう。
アサリ貝は神々しいほどに光輝き、スパッと切れたネギの切り口までもが艶やかで美味しそうに見えるではありませんか!
すかさず受話器を握り、電気工事店に各テーブル一個ずつのスポットライトを取り付ける依頼をする僕。
今ではファミレスでも当たり前になったこの照明方法は、実はこのグルマンから発信されたものだと思います。
このように、褒められている部分は積極的に体験し吸収する。指摘には自分が受けた身になって、しないようにする。
もちろん、譲れないものは沢山あります。それは店の個性に繋がるからいいとして、僕たちが真似したものは
一級のフレンチレストランというスタート台に立てる条件。言わば基礎体力のようなもの。
監督やコーチのもと、ユニフォームを着てリトルリーグで活躍していた訳じゃない。
汗まみれのランニングでソフトボールに夢中になっていた少年だったんです。
そいつが料理人になったと言えども、調理師学校も出ていないで、修行のスタートは自転車でくわえタバコしながら
Aランチをみっつ配達していたんですよ。
だからプライドもへったくれもあったものじゃない。開店して7年間は一心不乱に真似て真似てマネシタクリました。
そして集大成のつもりで2階に店舗を移転した際に、大胆にもグルマン編集部に手紙を書いたのです。
あなた方のおかげで成長することが出来ました。是非一度、僕の店を評価をして下さい・・・と。
ま、結局何の音沙汰も無くて、かえってホッとしていたんですけどね。
そして、7年後に現在の場所に変わり10年がたちました。ややこしい説明ですね。
要するに7年、7年、10年と店舗を3回変えているのです。
家を建てるのも3軒目で完璧だと言いますが、レストランとなるとそれはチョット当てはまらないようです。
もっともっと進化し続けていたい。そのためにやらなければいけないことは山ほどある。
ワインリストも、もっともっと充実させたい。中庭の雑草も刈らなきゃいけないな・・・。

先日、ミシュラン東京が、発売されました。この業界でも賛否両論が飛び交っています。
しかし星の付いた、どのフレンチレストランも素晴らしくて、さすがミシュランと納得せざるを得ません。
最多の星を取り逃がしたシェフたちがクローズアップされていました。
言い訳も泣き言も一切口に出さない男らしい彼らのコメント。これがミシュランです。
と、悔しさをバネに気持ちを切り替えるスーパーシェフたちに都会で生き抜く精神力のタフさを感じました。

僕は、ここでも外野。観客席どころか入場門あたりで足踏みしているのかも知れません。
でも、いいんです。僕の中のミシュランは、きらめくフランス食べ歩きの中で定義付けしたもの。
僕の中の東京ミシュランも、はなはだ僭越ながら、自分で決めさせていただきたいと思います。

 

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