■二見浦の岩戸の塩 06.04.29
初めてこの塩を舐めた時、閃光のように真夏の少年時代の記憶がよみがえりました。
おばあちゃんに連れられて山田上口駅から国鉄に乗り二見駅へ。そこから海水浴場までは歩いて行きます。
賑わっていましたね。人々満載の観光馬車が走っていて、馬の糞が道の真ん中に所々に落ちていましたっけ。
ギラギラの太陽、すいか割り、そして溺れかけて、たらふく飲んだ二見の海水。
しょっぱい?もちろん塩辛かった。でも思い出すと少し味があったような・・・足元には海藻がゆらゆら揺れていて目を凝らすと、砂地にコチがじっとしていました。
そんな光景までもが一瞬で頭に浮かんだんです。この塩を舐めて。
小学校も高学年になると、釣りはいつも自転車で二見の江海岸でした。キス、コチ、カレイ、きゅうせん。
ま、子供の釣りはこんなものです。
釣った獲物は、海水を濡らした新聞紙で包み、たきぎの中に放り込んで蒸し焼きにします。
頃合いをみて取り出し、新聞紙を剥がすと皮も一緒にめくれると言う算段です。
美味しかったなぁ・・・海水の塩分とかすかな味。今思うと、あの旨みがミネラルだったのかも・・・
岩戸の塩は、その江海岸からほんの数十メートル先の神前海岸の海水から作られます。神の前と書いてこうざきと読みます。神宮林の地下水が海底から湧き出て海水と交わる、まさしくその場所から満潮時に汲み上げ、鉄鍋に入れて薪で焼き上げます。
すべてが手作業。岩戸館の女将とご主人たちにより(息子はウチで5年働いています)
灼熱の中、修行僧にも似た根気と忍耐でこの奇跡の塩は生まれるのです。
優しいクリームの色合い。食卓塩のように人工的な顆粒状のサラサラではなく、
作り手の魂が不均一な塩のひと粒ひと粒の間に入り込み執念でパラパラになったような状態。
さあ塩を振ってみましょう。
相撲取りのようにつかんでパッーパッーと振る人もいます。
確かに見かけはかっこ良く、いかにも仕事が出来るように見えるかも知れません。
でも半分は無駄に飛び散っています。濡れた指先を気にもせず不均等にボタボタと振る人もいます。
私は、親指と人差し指にフーッと長い息を吹きかけて指を乾燥させた後、指先から20cm下の目標物を睨みつけます。この神聖なる岩戸の塩をつまみ、一粒たりとて無駄にしない覚悟で、ギシーッと親指から人差し指の第一関節に向かって一方向にこすりながら振るのがお気に入りです。
指と指の間から飛び出した塩は、綺麗な放物線を描いてピタッと目標に等間隔で着地します。
そしてジワーッと海のミネラルが湧き出て魚に浸透していくのです。どうです?もうすでに美味しそうでしょう?
伊勢で生まれて伊勢志摩の魚しか使わない私が、この岩戸の塩を使わずして一体誰が使うのでしょう。
まろやかな海の成分と旨み。ほんの少しの海藻の味は、ブイヤベースやフュメドポワッソンなどにドンピシャです。
この塩なくしては私のイメージする料理は作れないと言っても過言ではありません。
さて、塩ついでに現在、他に使っている塩についてお話しましょう。
フランス、ローヌ河口で作られる旨みの強いカマルグの塩は、オニオンパンの表面や茹でただけの野菜にパラリと振りかけます。ゲランドの塩はオールマイティ。下処理、味付けと幅広く使っております。
肉料理やコンソメスープには透明感があってシャープなもの。苦味が少なく素材そのものの持ち味を前面に出してくれる塩ということでイギリスはマルドンのクリスタルをすり潰して使用しています。
長年、色々試しましたが、結局はジャニーに(私の師匠)教えてもらったものばかりになってしまいました。
でもそのジャニーさえも「岩戸は見事!」と言ってはばかりませんから、女将さん安心してください。
と言ってもすでに超有名な塩。ピエール・ガニエールさんや分とく山の野崎さん、料理研究家の松田さんがたが、この岩戸の塩にぞっこんだと、あなたの息子から聞きましたよ。
ジャニーからメールで、こんな疑問が届きました。「まえに使ったのは、ほんのりピンクがかってた。今回のは黄み
がかったクリーム色。時期が違うのかい?それとも焼き方を変えたのかい?」
無頓着な私は微妙な色の違いなど気もつきませんでした。「同じですよ」「いや、違う」「そうですかぁ・・・?」
「絶対違う」こんなメールのやりとりではらちが明かず、女将に聞いてみることにしました。
・・・そして聞いた答えのままに、こんなメールを送ったんです。「焼いた人の心の色が表れる」・・・と。
送信から数秒後、岩手の方角から声にならないうめき声が聞こえたような気がしました。
そして数秒後メールが届きました。・・・「恐れ入りました」・・・と。
ゲランドの塩(www.aquamer.co.jp)
岩戸の塩(http://www15.ocn.ne.jp/~iwatokan/)
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